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(2007年2月4日〜3月2日掲載分)


投入から満13年近くを経て代替時期となった'94年式車の置換えを実施中の江ノ電だが、
JPノンステと順当な新車が入った藤沢に対し 横浜ナンバー2営業所では相次いでサプライズ新車が登場している
一発目はこの尿素SCR標準尺ノンステ、横浜営業所312号車  大型ノンステは同所初、しかも標準尺のためかなり長い
それ以外にも営業所単位・江ノ電単位で見て初物要素や久々要素が満載の同車(詳細はニュース参照)だが、
何より新長期規制適合ディーゼル路線車は県南東地域で初の導入である
既に県内では同車種の普及度が大変高い地域も見られるが、気になる南東部での今後の普及具合がどうなるか
この車両が起爆剤となるのか大変興味深いところである
早速同所管内各路線で活躍中の同車を鎌倉八幡宮二の鳥居前にて撮影




(2007年3月2日〜5月17日掲載分)


新車投入後もなお現役運行を続ける京急鎌倉のC1420号車だが、製造から丸13年を経ており今月中の廃車は確実
同期の車両は既に江ノ電・神奈中からも姿を消しており、京急でエリア中最も古い車両が現役運行を続けるという
以前は到底考えられなかった現象が起こっている今日だが、この車両の存廃にはもう一つ大きな意味が存在する
それは京急の県内路線車中で最後のツーステップ・2段窓大型車(ワンロマ車及び都内からの転入車を除く)
ということであり、同様に鎌倉で一時代を築いたスタイルの最後の車両ということである
このスタイルの車両は'88年から'94年に至るまで足掛け7年にわたり主力車として鎌倉営業所に投入され続けたが、
この後は毎年のように投入車種が変わり、定番車種と呼べるような車種がない多車種時代を迎えて現在に至っており、
この車両が最後の定番グループにおける最後の車両となった  かつては鎌倉管内どこででもいやと言うほど
見ることのできたこの車両が鎌倉から消滅するというのは正直なところこれまでの何よりも時代の移ろいを感じるところ
昨年6月から始まった路線委託で委託に回され、しばらく逗子線の運用ばかりをひたすらこなす日々が続いたが、
先月に実施された八景線の委託によって運用の幅を再び広げ最期の1ヶ月を迎えた




(2007年5月17日〜6月6日掲載分)


昨年に続き今年も年度末に多くの路線再編が行われた横浜市営  今回は昨年をも凌ぐほどの大規模な改編となった
写真の11系統もその一環として3月末をもって市営が撤退、4月からは神奈中による運行となっている
経緯は異なるものの 前々からアナウンスされている民営委譲路線と 結果的に同様の処遇となった路線は
この11系統のほかにも60、72、121、134系統があり、いずれも現在は民営事業者による運行
それ以外にも委譲実施・路線廃止・営業所統廃合(港北NT)・路線移管・暫定運行路線新設やそれらに伴う白紙改正等
数え上げればきりがないほどの改編が全域にわたって実施されており、最早記録が追いつかない状況である
この大幅な減量改編により各営業所から大量の廃車も発生しており、大量の在籍で市営の顔とも言える多数派の
座にあった写真のようなメトロ窓ツーステップの旧塗色車も 風前の灯と言えるレベルにまでその数を減らした
どれをとっても日頃の地道な記録の重要さが見に染みて感じられる年度末である




(2007年6月6日〜21日掲載分)


前回に続き市営春の改編関連  今回は3月限りで実験運行打切りとなった西区コミバス、ハマちゃんバス
保土ヶ谷のポンチョが運用にあたっていた同路線は 2003年の実験運行開始以来幾度もの運行形態変更を
経ながらも実験運行継続という形で運転されてきたが、残念ながら定着することなくこの春で実験運行打切り、
即ち事実上の路線廃止と相成った  路線開業と同時に投入された写真の'03年式ポンチョも廃車となっているが、
小型車とはいえそれでもなおかなり車齢の若い車両ゆえその後の動向が気になるものの 現在のところその詳細は不明
路線の北側ではこの写真のようにみなとみらいをバックに走り、南側では高台から見下ろす街並みを背景に写せるなど
高低差の多い横浜市内においてもその中で横浜港に近い高台を走る路線とあってかなり変化に富んだ景色を
楽しめる路線であったため一層廃止が惜しまれる  桜木町〜高島町間の旧東横線ガードのストリートアートにも
ハマちゃんバスの廃止を惜しむ作品が描かれていたのが印象的だった




(2007年6月21日〜 掲載分)


動態保存決定を記念して今回のトップ写真は土佐塾スクール便充当中の高知県交通の744号車:K-U31K+富士3E
おそらくトップ写真としては最初で最後のモノコック車となるであろうこの写真は、
山中にある土佐塾中高の入口付近(学校入口停留所付近)で撮影したもの
紫陽花が咲き乱れる季節の訪問で 県交通の橙と好コントラストを成す背景で撮影に成功した
最早1台のみの残存?となった同形式車だが、744号車は平日ほぼ毎日土佐塾線の運用についている模様で、
車庫―(営業)→土佐塾―(回送)→車庫 のミニマム1往復ながら毎朝満員の生徒を乗せて土佐塾の山を登っている




(2007年12月26日〜2008年1月14日 掲載分)


11月限りで市営が運行から撤退した116系統  元々同系統は市営・相鉄・神奈中の3社共管路線として
それぞれがほぼ同数の便を担当し運行されてきたが、今回の撤退で市営便の分がほぼ神奈中へと移されている
過去に行われた大規模な再編に比べれば路線数・便数としては小規模な移譲に留まるものの、
唯一三ツ境駅・瀬谷区に乗り入れていた同路線が移譲されたことにより市営バスエリアの末端は大きく後退した
路線北端に位置する若葉台営業所が主担当で、基本的にほとんどの便が同所の三菱車・並びにエルガスタイルの
J-BUS車で運行されていたが、保土ヶ谷も少数の便を担当していたため時折日野車やBRCハイブリッドも見ることができた
写真はPASMO横断幕を掲げて走行中のBRCハイブリッドだが、保土ヶ谷が浅間町に続きPASMO対応となったのは
11月半ばであるため、同路線でのこのようなシーンは僅か2週間ほどのみ見られた貴重なシーンである




(2008年1月14日〜2月24日 掲載分)


昨年12/9より市交通局の子会社:横浜交通開発に移譲された117系統
この路線移譲により、運用に就く車両も同じく同社に移籍した9台のみとなり、
写真のように旧塗色車が同線の運用に就くことも最早なくなった
沿岸部工業地帯への通勤路線らしく、特にラッシュ時は主にこのようなツーステップ古参車とノンステップ新型車が
交互に運用されていた同路線だが、移譲後は一転中堅世代の移籍車両で占められるようになり、
旧塗色車だけに留まらずLED車も一時撤退という今時珍しい現象も発生している
なおこの移譲実施でそれまで事実上一時休車状態だった移籍車が再び動き出したため、
比較的旧塗色車が多く残っていた磯子でもいよいよ旧塗色全滅までカウントダウンの段階に入ったようだ




(2008年2月24日〜 掲載分)


鎌倉藤沢市域における小型車路線の先駆として'95年に開設された船50系統
その路線開設と同時に投入、“京急ポニー号”の愛称を与えられ、
開拓者として以後路線と運命を共にしてきた初代のリエッセであるが、投入から早12年以上が経過しており、
スタイルの先進性だけは衰えないものの車体各部は既に相当年季入りの状態となっている
既に車庫には次代を担うと見られるノンステップの新車が到着しており、この春でお役御免となるのはほぼ確実
そんな同車の最後の活躍を、12年半もの間通い続けた山坂道に記録を求めた  (町屋駅前)〜丸山一番通り間にて






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